KUROTA's STORY

三億の孔01
三億の孔02
三億の孔03
三億の孔04

3億の孔

製造リーダーだった××年前、
国内向けマスターシリンダー用ピストンが
海外向けに販路拡大されると聞いた。
大きな仕事に胸を膨らませ、売上拡大という大きな期待をしていた。しかし立ち上がり間もないピストンに一抹の不安も付きまとい、ほどなくしてその不安が的中し、地獄に突き落とされていった。

海外向けピストンは、今までと異なる点が多くあり、自社開発した設備導入や孔数違いなど、変化点や製品精度が格段に上がったのが理由である。
開発当初は治具精度も粗悪で、パンチが治具に当たり欠けるという事象が多発した。これは解決策として治具の精度を改善することでパンチ欠けはなくなった。ただ単に精度が悪いだけだが、出来栄え精度の要求値も高かったのは事実である。しかし、ひとつ問題が解決すると、また違う問題が発生する一進一退のループに日々苦しめられる事実は変わらなかった。

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一番は品質問題だ。海外に製品出荷するたびにバリがあると返却品の山が出来上がった。観察するとパンチ摩耗によるごく小さな孔バリ発生だった。即座に治具とパンチ位置精度を100分の1㎜単位で調整の繰り返しを何度も何度も気が済むまで行い、導入間もない設備の精度調整は朝方まで及ぶこともあった。
加えて納品も間に合わないため20時に現場作業を終えたら日付を跨いでバリ取り作業。
週末は製品を自宅にまで持ち帰った。終わりなく続くバリ取り作業や、良品が出来ないことによる現場の焦り、後工程リーダーとの衝突は毎日続き、人間関係にまでヒビが入り始め敵対する始末。

会社の雰囲気も撤退するか否かの瀬戸際になるほど殺伐とした空気が漂っていた。
しまいには終わりの見えないバリ取り作業に協力者は一人、また一人と居なくなり、手付かずの手直し品が溜っていくペースが明らかに早くなっていた。
「俺達ばかりが貧乏くじ引いたんだ!結局担当区の俺達だけが苦労すれば良いんだろ!」

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そんな折拍車をかけるかの如く、他の製品で重大クレーム発生。圧入ピンが組み付かずライン停止してしまうと言うのだ。自分達のラインもピンチなのに慌てて対象工程のサポートに走ると既にみんなが設備を隈なく観察し解明している最中だった。
「何故ズレたんだろ?孔位置偏芯はどうやって維持されているんだろう…?孔数は2ヶなのに…これがこうで…ここが…」
「ん?? ん!! まさか…」
ヒントはまさに身近にあったのだ!

「保持精度を良くすればピストンのバリ問題も解決できるかもしれない!?」と即座に自班に戻り部品発注した。
一時的に不格好な設備になったが取り付けし加工したピストンは、品質保証部が検査測定しても、他の誰が見ても文句の付けようのない完璧な姿になっていた。
みんなが目を疑い、何度も何十個も加工して観察してみるが無いのだ。
バリが! あのバリが!!
「俺の思ったことは間違ってなかったんだ。」これで毎日バリ取りしなくて良いかも?とわけの分からない感情が込み上げていた。

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3億の孔

勿論、クリアランスセッティング難易度も増したが、内製機だからこそ改善点を伝え即座に改良依頼。進化した設備はノウハウの詰まった独自開発専用ピアッシングマシンになった。
今では毎年3億の孔をあけるバリレス加工で主力製品に成長したが若い社員は当時を知る由も無い。笑い話になった今、私はこう言う。
「いやぁ、まぐれッス!」
あっさりとした短いセリフだが、そこには私なりの当時の思いが詰め込まれている。
海外からお客様が監査に来るたびにいつも聞かれる。
「なぜKUROTAはバリ取り工程がないのか?」
問われるたびに内心誇らしげにいつも答えている。
「It’s ノウハウ!」

当初バリは出るから取る物、如何に簡単に取る方法はないか?と多くの工法を試し、思考回路は全く発生原因を掴み改善しようと言うスタンスになっていなかった。心身共に余裕がなかったのかも知れない。僅か数千円の部品、怪我の功名とは言え獲得したセッティング術、諦めない気持ち、惜しみない努力でKUROTA独自技術(設備)を生み出し現在も脈々と受け継がれている。

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